いま使っているカメラはフジフィルムのxpro2。
レンジファインダータイプの少し無骨な見た目です。
他のカメラもそうかもしれないんだけど、特にxpro2ユーザーの意識として常々思っていることがあります。
そう、恋に近い感覚。
これだからxpro2ユーザーはキモい(褒め言葉)笑
見た目を超えた、佇まいや雰囲気に惹かれてならないのです。
そんな中こんなインタビュー記事を見つけてはっ!としました。
【FUJIFILM×マップカメラ】GFX 50R 担当者インタビュー ⇒ https://news.mapcamera.com/maptimes.php?itemid=31844
この中の、【将来の展望】にこんな言葉が。
かいつまむと
・カメラに対して要求される内容が他のシリーズと違う。
・この機種に10コマ/秒の連射や超絶高速AFといった性能が要りますか?また、4K/60pの動画を録りたいですか?
・私たちはどれも要らないかな、という解釈。
・それならばX-Pro2のままで十分いいよね。変えなければならない理由が今のところない。
・だからxpro3の販売を急いでいない。
最高すぎる言葉です。
そして、
・Proの魅力は機能的な部分ではない
・例えばものすごく工数がかかる半艶黒塗装
・どのようにしたら柔らかく、尚且つ写欲をそそるような小気味良いシャッター音にできるかなど
・ある意味性能には全く関係のないところにすごくお金がかかっているんです。 いやーこれを見たときに、こんなことを思いました。
自分でもキモいとは思いましたが、ネタではなくこんな感じの気持ち。
実際に経験があるのですが、妻の母や友人となんの気なしに、自分の知らなかった妻の日常のことであったり、幼少期の場面について聞くことがあります。
そんな時に、言っている人にとっては何でもない日常の一コマとして話しているんだけど、自分にとっては「あ、だからこいつのこと好きになったんだ」と腑に落ちる感覚。
それにとても近かった。
思えば、こんなこともある。
仕事などでxpro2を持っていない時に通勤の道すがらや出張先で、素敵な被写体や場所を見つけた時に
「あいつがあったらどんな風に撮れるのかな」と思う瞬間。
これも恋に近いな、と。
仕事で一人のときに、何となく食べた昼食が美味しくて、「あいつこの味、絶対好きだよな。」とか
帰り道に駅ビル寄って、何となくのぞいた服屋のマネキンが着ている服に、「これ買っていったら喜ぶな」とか
知らない子供が遊んでいる感じが可愛らしいときに、「あいつがいたらこの感じ共有できたのにな」とか
日常にひそむ妻の影
そんな感じ。
そして、作り手という視点から見ると、
・例えばものすごく工数がかかる半艶黒塗装
・どのようにしたら柔らかく、尚且つ写欲をそそるような小気味良いシャッター音にできるかなど
この部分はとてもグッときて、
工数はかかるけど、これじゃなきゃだめだよね、この艶感、塗装一回減らしてもだめだし増やしてもダメだよね。
とか
この音!この音なんだよ!
とか
高速AFとかに比べ、数字としてエビデンスの出づらいものに対して、
カメラ好きの気持ちをぶつけ合って、大の大人が悩んだり喜んでたりしていたんだろうなと想像すると、
このカメラが愛おしくてたまらない。
出会えてよかったと思う。
ということで、愛を込めて作例を
【with xf35 f2】
【with xf60】
【with xf35 f2】
【with xf60】
【with xf60】
【with xf35 f2】
すべてjpeg撮ってだし。
新しい人生の充実の基準をくれたxpro2に感謝!
(なんかブロガーっぽい投稿だったな)
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